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2005年 03月 18日
アキラさんのこのエントリーに触発されて、江戸時代のヒトと自然の関わり合い方について、少しまとめてみることにしました。
江戸というのは不思議な街です。普通、都市というのは肥沃な土地に自然に人が集まり始めて、土地の資源を消費しながら大きくなっていくものだと思います。ところが、江戸というのは、もともとそれほど恵まれた場所では無かったところに人工的に作り上げた都市で、大きくなるにつれ、周囲の自然環境を豊かにしながら発展していきます。こういう発展の仕方をした都市というのは珍しいのではないでしょうか。 江戸が生まれた頃、武蔵野台地は一面すすきの生い茂る野原が広がり、ところどころに雑木林が点在するという荒野でした。それまでも、無人の野というわけではなかったのですが、耕作にはあまり向かない土地柄でした。 なにしろ、水利が悪い。そして、火山性の赤土の土壌は植物の生育には不利でした。もともと照葉樹の森林があったらしいのですが、焼き畑や放牧の為に開拓されたあと、復活するのは難しかったようです。 ここに江戸という大都市が生まれることで、状況が変わり始めます。最初に行われたのは飲料水の確保でした。そのために、まず小石川上水(後の神田上水)が、次いで玉川上水が作られます。これらは飲料水の確保の為に作られた水道ですが、玉川上水の水は、同時に近郊農家への農業用水としても分配されることになりました。 水利の問題はある程度目処がついても、土壌の問題は未解決のままです、また、この地域の農家は風にも悩まされました。遮るものが何もないすすきの原を吹いてくる風は非常に厳しく、ただ草を刈る為にも紐で身体をくくりつけなければ飛ばされてしまうほどだったそうです。 そこで、まず防風のため家や耕作地の周りに木を植え始めることから始まりました。 つづく
by uchya_x
| 2005-03-18 00:15
| 江戸時代
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